ヒューマンエラーを考える

研修・勉強会

過去に参加した医療安全管理者研修で得た情報をお伝えします。

今回お伝えする内容は以下の通りです。

背景

医療安全管理者、師長さん、リスクマネージャーの方々は、日々の忙しい業務の中、インシデント報告がどんどん集まってきます。分析の重要性もわかっているし、再発防止策を考えないといけないけれど、全部を分析する時間がない。
ヒヤリハットレベルで患者への影響の少ない事例や、時系列事象関連図を作成する時間もない。そんな時に使えるQuickSAFERを紹介します。

では、薬剤の過剰投与の事例を考えてみましょう。

このような報告を受けると、「ちゃんと指示書を見ていたの?」「真剣さが足りないんじゃないのよ。」「気をつけます。」と新人Dさんの不注意や意識の低下などが原因と片づけられてしまうことが多くありませんか。
十分な状況確認・情報収集が行われず、不注意ということで終わってしまうと、対策は「注意してやること」となり、エラーがまた起こることになります。
ここで新人Dさんは、行動を決定するために何をどのように考えていたのでしょうか。当事者へのヒアリング情報から推定することができます。

目的

QuickSAFERは、ヒューマンエラー発生のメカニズムに着目し、1つの行動をピックアップして分析します。エラー分析ではありません。行動分析です。
分析の深さはレベル1ですが、報告をベースにその場で分析することができます。

早く簡単に分析できますが、人間の行動モデルをベースに分析するため、本質的な部分と重要な部分を押さえています。時系列事象関連図を省略していますので、不完全です。しかし。やらないよりは良い。少しでもエラーの発生を低減し、エラーによる影響を低減する対策をとることが大切です。
このためには、まず、人間の行動モデルを理解することがとても大切です。

ヒューマンエラーとは

それでは、ヒューマンエラーの定義についてお話します。調べてみるといろいろな表現がありますが、説明するために最も簡単な定義を紹介します。
ヒューマンエラーとは、意図しない結果を生じる人間の行為です。
なので、ますは行動のメカニズムを理解することが大切です。人間の行動はとても複雑なので、そのままでは理解することが困難です。そこで、そのメカニズムを簡単に理解するためにツールを使います。そのツールをモデルと言います。
人間の行動を説明するために3つのモデルを使って説明します。

モデルとは、「現実の世界のあらゆる側面をすべて忠実に写し取るのではなく、関心のある部分だけを写し取り、他を捨てる」。
プラモデルは、形を実物にできるだけ忠実に写すことを目的としているので、飛ぶという機能は切り捨てます。
一方、ラジコンは、飛ぶことが最大の目的なので、形の細かな描写は切り捨てます。
では、先ほどの心理学による3つのモデルについてお話します。

レヴィンの行動モデル

1つ目は、レヴィンの行動モデルです。

心理学者のレヴィンは、人間が行動を決定するためには「人間側の要因」と人間を取り巻く「環境側の要因」との関数関係によって決まるということをB=f(P,E)という式で説明しました。
Pの「人間側の要因」とは、加齢やサーカディアンリズムなどの生理的身体的特性、期待聴取やこじつけ解釈などの認知的特性、社会的手抜きなどの集団的特性、その他知識や経験ばなどがあります。
Eの「環境側の要因」は、手順書や機械が使いやすいか、作業環境や仕事の特性などがあります。
人間の行動は、人間側の要因と環境側の要因の2つの変数によって決定されます。

コフカの心理的空間

2つ目のモデルは、コフカの心理的空間の考え方です。

心理学者のコフカは、作り話の中で「人はどうやって行動を決定しているか」を説明しています。
「雪の野原を馬に乗っていたある旅人が、やっとある家にたどりつき、一夜の宿を請うた。その家の主人は、旅人が通って来たコースを聞いて旅人の無謀さに驚いた。主人からそのわけを聞いた旅人は、卒倒してしまった。

なぜなら、旅人が雪の野原と思って平気で歩いて来たのは、実はそうではなく、湖面に張った氷上の雪の野原であったことを知ったからである。そこは、土地の人ならとても怖くて通れるような所ではなかったのである。」
なぜ、旅人はこの危険な湖の上を通って来たのでしょうか。そのためには、旅人が何をどのように理解し、判断したのか、旅人の立場に立って考えてみましょう。

一般に、人は自分の周りある環境を知覚・認識して、自分がどのようなところにいるのかを理解し、頭の中に世界を構築します。このプロセスをマッピングと言います。人間を取り巻く環境を「物理的空間」、頭の中に描いた世界を「心理的空間」といいます。
では、旅人の立場にたって、旅人の視座でもう一度考えてみましょう。

旅人の立場、旅人の視座で見てみると、この図がマッピングされます。
この旅人になってみましょう。
人の行動を理解するための大切なポイントは、「その人の立場」で考えることです。

もしかすると、見えない湖の周辺に沿って道があったのかもしれません。しかし、その道を行くと30分くらいかかりそうです。目的の家は平原の先に見えているので、5分位で行けそうです。旅人は、これまでも雪の平原を渡ったことがあります。
こう考えると、この旅人にとっては、遠回りせずまっすぐに突っ切って行くのが最も合理的な行動に思えたわけです。旅人は、この平原の下に湖が存在するなどと思ってもいません。

これらのことから、コフカは、「人間が行動を決定するときは、実在の物理的空間ではなく、物理的空間にあるさまざまな刺激を知覚、認知し、記憶などを利用して理解し、頭の中に構築した心理的空間に基づいている」と説明しました。
前に説明したように、環境を知覚、認知して頭の中に心理的空間を作ることをマッピングと言います。

旅人の心理的空間は、単なる雪の野原でしたが、実際の物理的空間には湖が存在しています。物理的空間に存在する湖をマッピングすることに失敗してしまった結果、湖のない心理的空間が形成されてしまいました。これ以降は、この誤った心理的空間に基づいて、最も合理的で正しいと判断した行動をとったことになります。これが、期待された行動からの逸脱となり、結果としてヒューマンエラーが引き起こされました。
人が正しく行動するためには、心理的空間と物理的空間を一致させることが必要となります。また、結果的にエラーとなった行動をとった当事者は、このとき「間違っている」とは思っていません。「正しい」と思っていることを理解することが重要です。
私たちの行動は心理的空間によって支配されています。

新人看護師Dさんに「指示書にはどのように書いてあったのか」と聞いてみたところ、「指示書には110mLと書いてあった」と答えました。
看護師Dさんは、薬剤は110mLの指示書とマッピングされた心理的空間に基づいてミキシングを行ったわけです。
ここでエラーを見るときに大切なことは、看護師Dさんは間違ったことをしていると思っておらず、正しいと思って行動しているということです。

では、実際の物理的空間にあったもの、看護師Dさんが見た指示書を確認してみます。
すると、薬剤名の前後にカッコがあり、後ろのカッコが数字の「1」に見えたために110とマッピングされたわけです。マッピングの失敗です。
このように、一度マッピングされてしまったら止まることはありません。

しかし、ベテランの看護師さんが同じ指示書を見ても「110」には見えないのです。
10mLにしか見えません。それはなぜかといと、ベテラン看護師さんには知識と経験があり、その薬剤を110mLで使用することはありえないからです。
レヴィンの行動モデルで説明したPの部分が違うので、同じ物を見ても別の数字とマッピングされ、違う心理的空間ができて、行動が変わったわけです。同じものを見ても、同じに見えるとは限りません。では、看護師Dさんの行動分析をしてみましょう。

この表を、PSF分析表、または、レヴィンの行動モデル分析表と言います。この用紙を使って整理していきます。
いろいろ情報収集して、どのような人なのかPの人間側の要因と、物理的空間に見えるものをEの環境側の要因として整理します。
冷静にそのままの物を書くことが大切です。書き方の注意はこのあとの手順のところで説明します。
ここにまとめておくと、分析行為の背後要因を探索するのにも非常に役立ちます。
(参考)PSFとは、Performance Shaping Factor 行動形成要因

意思決定の天秤モデル

3つ目は、意思決定の天秤モデルです。

例えば、ヒューマンエラーが発生したときに、「私は正しいと思わなかったけどやりました」という発言が聞かれることがあります。しかし、つきつめてみると、「正しいとは思わなかったけれど、従った方が良いと判断して行動した」ということになります。最終的に判断する場合は、その人にとって最も有益な方法を選択しています。
例えば、手順を守らなければならいけれど、忙しいとか面倒だからと飛ばしてしまうことがありませんか?これは、作業の負担増加という損失と、省略することによる負担軽減という利益を天秤にかけています。また、間違う可能性と間違ったときの損失も天秤にかけています。利益損失を天秤にかけて、自分にとって都合の良い最も合理的な方を選択して行動しています。

とある車のメーカーが、試験結果を不正に報告していたことを隠蔽していた事件報道がありました。社長の頭の中では、「市場占有率を高くしたい」「新技術への投資をしなくてもよい」、でも「発覚に可能性もあるし」と、違反するかと回避するかの双方を天秤にかけ、会社にとって、社長にとって、有益で合理的な方を採用します。この図では、違反をすることや隠蔽することが合理的であると判断し、実施されことになります。

これらの3つのモデルは、全て繋がっています。まず、人は物理的空間を知覚・認知して心理的空間をつくり、その心理的空間に人間特性が関わって、自分にとって正しい、合理的と判断した行動を選択して、意思決定の天秤にかけて行動を決定しています。人間の行動は、この3つのモデルでほぼ説明ができます。

QuickSAFER分析手順

・ヒヤリハット報告の分析法
・行動を分析し、因果関係を明らかにすれば、対策をとることができる
・行動分析にとって、最も重要なことは状況の把握
・時系列事象関連図:問題が発生したときは、時系列事象関連図の作成は必須の作業
・時系列事象関連図を作成する時間がない場合
 →行動分析の基本的考え方だけを重視して分析する方法がある(QuickSAFER)

では、次のヒヤリハット事例について、QuickSAFERによる行動分析の手順を見ていきましょう。

では、対策の考え方について説明します。先ほどから何度も説明している通り、人間の行動は、人間側の要因と環境側の要因によって決定されます。これをB=f(P,E)レヴィンの行動の法則と言いました。そうすると対策は、この環境側の要因に対するアプローチである「エラーを誘発しにくい環境にする」ことと、人間側の要因に対するアプローチである「作業者のエラー耐性を高める」ことを考えることとなります。

ここでモデルを紹介します。これはPmSHELLモデルです。医療におけるヒューマンファクターに関する諸問題を考える場合、このPmSHELLモデルを利用すると、体系的に整理して考えることができます。中心の当事者Lをとりまく環境のP、H、S、L、E、mについて考えていきます。

PmSHELLモデルの要素と対策例です。Pは患者です。患者をうまく使えないだろうか。mはマネジメントです。風土、組織をかえる視点ではどうか。Sはソフトウェアです。手順書、手順、表示を改善するのはどうか。Hはハードウェアです。設備を改良したり変更したりする対策はないか。Eは環境です。作業環境を見直して改善できないかどうか。Lは当事者をとりまく他のメンバーです。チームによる支援体制はとれないのか。これらの視点で具体的に考えてみましょう。
一方、中心の当事者Lに対する対策は、情報処理モデルを使って考えてみましょう。知覚では、加齢や疲労、体調管理はどうでしょうか。認知では知識を持つためには何か方法がないか、予測判断ではKYTやTBMなど、意思決定段階ではルールの遵守、職業的正直、行動では、5Sや指差呼称、記憶にたよらずにメモをとるなどがあげられます。

△マークに対して、それぞれの対策を挙げていきます。
・気づいていない・・・→指差呼称
・予定量で停止させる意味を知らない…→予定量の使い方の教育
・流量設定画面が大きい・・・→画面サイズを同じにする(可能性低)
・原理の理解不足・・・→輸液ポンプの原理の教育

まとめ

QuickSAFERは、まさにクイックなので、早くできます。ヒヤリハットレベルの出来事で患者への影響が少なく、時系列事象関連図を作成する時間がないという場合に、報告をベースにその場で分析することができます。しかし、重要な時系列事象関連図を省略しているので、構造が明らかになっておらず、簡易的な方法であることを十分に理解してください。

QuickSAFERは、報告書をベースに簡単に分析できるとお伝えしましたが、単なる手順の省略ではなく、人間の行動モデルをベースに分析しています。
そのためにも、人間の行動モデルを理解することはとても大切です。分析においてとても重要なことは、手順に従うことではなく、考え方を理解することで、「エラー不注意論」から「人間特性環境相互作用論」に変えることです。
QuickSAFERは不完全です。でも、時間がないときに何も行わないよりも、本質を押さえて、少しでも分析をして対策を立てることが、エラーの再発防止に役立つと考えます。

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